エンゼルケア(逝去時ケア・死後処置)とは、ご逝去後すぐにご遺体を清潔に整えて生前の姿に近づける処置のことです。 明確な定義はありませんが、故人様を綺麗な姿でおくり出すうえで大切なプロセスの1つです。エンゼルケアはどのような目的で、またどのような流れで行われている処置なのでしょうか。 今回は、エンゼルケアの目的や流れ、料金相場などについて、他の処置との違いも交えながら詳しく解説していきます。
エンゼルケアの目的
エンゼルケアは主に病院で、死後硬直が起こる死後2〜3時間のうちに看護師などが行います。 その目的は大きく3つに分けることができます。
感染症を予防するため
ご遺体は、時間が経過すると腐敗が進み、病原菌が活発になります。 その際に鼻腔や口腔などから体液や血液が漏れ出して人に付着すると、感染症を引き起こす可能性があります。専門的な知識を有する施術者がエンゼルケアを行いご遺体を清潔にすることで、家族や葬儀に関わる人々への感染を予防することができます。
故人様の尊厳を守るため
病院で亡くなった場合、点滴や気管挿管などの医療器具が挿入されていたり、長い間入浴できなかったなどの事情で身体や着衣が汚れていたりすることが多々あります。 器具を取り外してご遺体をきれいに整えることで、生前と変わらずに最後まで故人様の尊厳を守ることができます。
家族の心をケアするため
故人様は長い闘病生活や事故などが原因で、元気だった頃と容姿が変わってしまっている場合も少なくありません。 家族はそのような姿の故人様と対面すると深い悲しみを感じ、死を受け入れがたくなってしまう場合があります。エンゼルケアを行い生前のその人らしい容姿に近づけることで、家族は「最後まできちんとケアをしてあげられた」という納得感のもと故人様の死にゆっくりと向き合い、悲しみから立ち直るきっかけを得ることができるのです。
エンゼルケアを行う人
エンゼルケアは医療行為に当たるものではなく資格も必要ないため、亡くなった場所によってエンゼルケアを行う人が異なります。 病院で亡くなった場合、エンゼルケアは主に看護師が行います。エンゼルケアを行っていない病院の場合は葬儀社のスタッフや納棺師が、介護施設で亡くなった場合は介護士が行います。感染症予防の観点から、自宅で亡くなった場合には葬儀社や専門業者へ依頼するのが望ましいでしょう。
エンゼルケアの流れ
エンゼルケアは明確な定義がないため、病院の方針・ご本人の遺志・ご家族の希望や宗教的な慣習によって行われる内容は異なります。 ここでは、病院で看護師が行うエンゼルケアの一般的な流れを解説します。
①医療器具を外す
これまで治療のためにつけていた点滴やドレーンチューブ、人工呼吸器などの医療器具を外します。(ただし血管カテーテルは、出血防止のために抜かない場合もあります。) 医療器具を取り外す際に体内ガスや分泌物が漏れ出す恐れがあり危険なため、必ず看護師に任せましょう。 また体内にペースメーカーを装着している場合は、そのまま火葬すると爆発する可能性が高く危険なため、必ず取り出します。
②傷・治療痕・内容物の処置
傷や治療痕、内容物の処置を行います。 傷や治療痕は綺麗にし、ガーゼなどで覆って目立たないようにします。 死後は全身の筋肉が弛緩するため、胃に残っている内容物や尿・便、腹水などの体液が漏れ出す可能性があります。 またそれらが体内に留まったままだと、ご遺体の腐敗が急速に進んでしまいます。内容物による感染症や遺体の腐敗を防ぐために、胃や腹部を圧迫して体内から排出させます。排出の際は紙おむつを装着させて、周囲が汚れないようにします。 口腔や鼻腔内の体液を吸引する場合もあります。
③口腔内のケア・口を閉じる
臭気や腐敗を防止するために口腔内のケアをします。顎の硬直が始まる前に手早く行います。 歯ブラシやガーゼ、消毒用アルコールなどを用いて綺麗にしたあと、喉の奥から消毒液を染み込ませた綿を詰めていき、体内から上がってくる臭気を防ぎます。 口は死後硬直が解けると徐々に開いてしまいます。丸めたタオルを顎の下に置いて枕の角度を調節し、口を閉じましょう。
④全身清拭(せいしき)
温タオルやアルコール綿を用意し、全身を拭いて清潔にします。 皮膚の表面を傷つけないよう気を付けて行い、処置後は乾燥予防のために保湿ローションなどを塗ります。 家族が行えることもありますので、ご自身の手で行いたい方は病院へ事前に相談をしておきましょう。 清拭の際、体液の漏出を防ぐため肛門や鼻腔・耳に脱脂綿や専用のゼリーを詰めることもあります。
⑤着替え
服を着替えさせます。 病院が用意した浴衣や白装束などに着替えさせる場合もありますが、宗教宗派にのっとった服や、生前気に入っていたものなど家族が望んだ服に着替えさせる場合もあります。 もし着せたい服がある場合は、病院へ事前に伝え準備をしておきましょう。(死後硬直が始まると着替えさせるのが困難になるため、着替えやすいものを選びます。) 浴衣に着替えさせる場合は、着付けの際に「襟は左前」「帯は縦結び」といった日本の慣習に沿った方法で行うのが一般的です。 下着はオムツを使用します。
⑥容姿を整える(死化粧・エンゼルメイク)
死化粧(エンゼルメイク)を施して生前の姿に近い自然な表情にしていきます。 エンゼルケアのなかでも大切な工程です。家族が行えることもありますので、ご自身の手で行いたい方は病院へ事前に相談をしておきましょう。また、生前使っていたものなど希望する化粧品があれば使用できる場合もあります。 まず乳液などで保湿をして肌を整え、男性は髭を剃ります。 髭を剃る際は温かいタオルで顔を温め、シェービングフォームや石鹸の泡を髭の周辺に塗布します。電気カミソリを使用して皮膚の表面を傷つけないように剃り、温かいタオルで拭き取って保湿します。 化粧は顔色に応じ色味を変えたり故人様の好みに合わせたりと、臨機応変に対応します。 その人らしい自然な表情にするため、女性だけでなく男性も化粧を行います。男性に口紅を塗ることに抵抗がある場合は、リップクリームやワセリンなどを塗ります。 時間の経過とともに身体に現れる黄疸なども化粧でカバーします。 髪は汚れの程度によりドライシャンプーやリンスで洗髪してから、櫛を入れてとかします。 かつらやヘアピース・髪飾りなどを使用したい場合は、あらかじめ用意しておきましょう。 また、「合掌バンド」と呼ばれるゴム製のバンドを使用して、合掌するように胸の上で手を固定する場合があります。ご遺体を運ぶ際に腕がだらんと落ちるのを避けるためのものです。 そのままにしておくと手のむくみや変色を引き起こすこともあるため、霊安室に安置した後は速やかに外します。(近年では合掌させず、横にするケースも増えています。)
⑦布をかける
身体をシーツで覆い、顔に白い布をかけます。 希望すれば顔に布をかけないこともできる場合があるので、事前に相談しましょう。 全てを整えたら、最後に胸の上で手を組ませて合掌させ、顔に白布をかけ、身体をシーツで覆って、エンゼルケアは終了です。 顔に白い布をかけ体をシーツで覆います。
家族がエンゼルケアで準備するもの
病院で看護師がエンゼルケアを行う際は、特別な希望がない限り家族が準備すべきものは基本的にありません。 希望がある場合は、 ⑤着替え の際に着せたい服 ⑥容姿を整える(死化粧・エンゼルメイク) の際に使いたい化粧品、かつらやヘアピース・髪飾りなど を準備しましょう。
湯灌やエンバーミングとの違い
遺体に施す、エンゼルケアと比較される処置に「湯灌(ゆかん)」や「エンバーミング」があります。 これらはエンゼルケアと混同しやすいですが、異なる処置です。 湯灌やエンバーミングの内容と、エンゼルケアとの違いを解説していきます。
湯灌とは
湯灌とは、故人様の身体をぬるま湯を使って洗い清める儀式です。 お通夜の前日〜数時間前に行われる納棺の儀式で行われ、平均で1時間〜1時間半程度かかります。一定以上の時間をかけて行われることから、立ち会った家族は故人様をゆっくり偲ぶことができます。費用の相場は10万円前後です。 湯灌は単に清潔にするというだけではなく、故人様が旅立つ前に生前の苦しみや煩悩を洗い流してあげるという意味もあります。 また、家族が故人様の死と向き合う意味合いもあります。 例えば、湯灌で湯を張るときは、水に湯を追加してぬるま湯を作る「逆さ水の儀式」を行います。普段とは逆の手順を踏むことで、生者と死者の境界線をはっきりとさせるのです。 湯灌はかつては家族や地域の人が行っていましたが、近年では葬儀社や専門業者のスタッフが行うことが多く、家族は儀式に立ち会うのが一般的です。とはいえ、多くの場合は、希望すれば業者のスタッフと一緒に湯灌を行うことも可能です。 最近の湯灌は、お着せ替えの前に濡らした脱脂綿やタオル・ガーゼで身体を清拭する「古式湯灌」や、簡易的な浴槽を用いてシャワーで身体を洗う「シャワー湯灌」が一般的です。 湯灌は形式ばった宗教的な儀式のようにも感じられますが、「入院生活が長かったから最後に身体を洗ってあげたい」「生前お風呂が好きだったから最後もシャワーで洗って見送ってあげたい」というように、ご家族の温かい想いの現れとしてシャワー湯灌を行うケースも多くなってきています。 ただしシャワー湯灌はオプションとなっている葬儀会社も多いので、事前に確認が必要です。 納棺の儀式についてはこちらのコラムもご覧ください。
おくりびとのコラム
納棺の儀式ってどんなもの?基礎知識から マナーや手順まで紹介します
エンゼルケアと湯灌の違い
エンゼルケアと湯灌の違いは、儀式として一定の作法があるかどうかです。 エンゼルケアも湯灌も、納棺の前に行う処置という点に関しては同じです。 しかし、エンゼルケアは感染症予防といった医療的な処置という意味合いが大きいのに対し、湯灌は生前の痛みや苦しみを洗い流してあげるといった儀式的な意味合いが大きいという違いがあります。 エンゼルケアは必要に応じて処置の内容が変わりますが、湯灌は古くから続いている宗教由来の儀式であるため、道具の準備や口上、お清めなどさまざまな作法が存在します。
エンバーミングとは
エンバーミング(遺体衛生保全)は、遺体の腐敗を防止して殺菌し、少しでも長く保たせるために施される特殊技術です。 主に、血液を薬剤に入れ替えるなどの防腐処置を行います。臨終後にご遺体をエンバーミング施設へ移して処置し、その後自宅や葬儀会場へ移して安置するという流れで行われます。 エンバーミングを行うことで、10〜14日程度、腐敗させることなく常温で衛生的に保つことができるようになります。 平均で2〜4時間程度かかりますが、家族が立ち会うことはできません。 費用の相場は、輸送費や施術費を含めて15万円〜25万円程度です。 ご遺体を長距離移送する場合や火葬の予約がすぐに取れない場合など、特別な状況で選択されるケースが多く、死後2日から3日で火葬できるときは行いません。 ドライアイスを使用せずに自宅で数日間安置したい場合や、海外などから空輸でご遺体を搬送する場合にも行います。 また、事故などによる物理的なダメージや闘病生活によるやつれや損傷が著しい場合にもエンバーミングを行って遺体を修復し、生前に近い姿へ近づけることがあります。(ご遺体の状態により修復可能な程度は異なります。) エンバーミングを行うと腐敗や感染症のリスクがなくなるため、家族や弔問客が体に安心して触れることができるようになります。 エンバーミングはご遺体を消毒・殺菌するだけでなく、遺体を切開して血液や体液を排出し、体内へ防腐剤を注入します。 専門技術を要する処置であるため、エンバーミング施設においてエンバーマーと呼ばれる資格を持った技術者が行います。日本ではIFSA(一般社団法人 日本遺体衛生保全協会)という団体がエンバーミングの専門団体として存在します。 火葬が主流の日本ではエンバーミングを行える施設が限られていますが、土葬が主流の国では一般的な処置として行われています。
エンゼルケアとエンバーミングの違い
エンゼルケアとエンバーミングの違いは、その目的と方法です。 どちらも、ご遺体を綺麗に整える死後処置であることは同じです。 エンゼルケアは死化粧を行うなどご遺体を自然な姿に整える意味合いが大きいですが、エンバーミングは遺体を長期間衛生的に保存できるようにすることを主な目的としています。 また、エンゼルケアを行うための資格は必要ないですが、エンバーミングは資格を有したエンバーマーしか行うことができません。
エンゼルケアをしてもらう際の注意点
病院でエンゼルケアをしてもらう際は、いくつか注意しなければならない点があります。 知っておくべき注意点を紹介します。
家族が参加できない場合がある
簡単なケアであっても、感染症の恐れがあるため家族が参加できない場合もあります。 またエンゼルケアは臨終後すぐに行われるため、各所への連絡などに追われている場合にケアが終えられてしまう場合があります。エンゼルケアに参加したい・立ち会いたいなどの希望がある場合は、事前にその旨を伝えたうえで自身も覚えておきましょう。
医療保険の適用外
エンゼルケアは医療的観点から行う処置でもありますが「治療」ではないため、医療保険の適用外であり、実費で支払う必要があります。 後から請求に驚かないように、費用について予め確認しておきましょう。
希望を事前に伝えておく
多くの病院では、事前にエンゼルケアの説明があります。 その際に希望があれば伝えましょう。ただし、事前の説明なしにエンゼルケアが行われる場合もあるので、トラブルを避けるためにも希望や気になる点があれば自主的に伝えましょう。
エンゼルケアの料金・費用の相場
エンゼルケアは明確な手順が決まっておらず、施術者や施設によって内容や料金が異なります。 病院でエンゼルケアをする場合、5千円〜2万円程度が相場です。 必要最低限の場合は5千円(無料の場合もあります)、死化粧まで施すと2万円を超える場合があります。 しかし、綺麗な着物に着せ替えたり、手の込んだお化粧をしたりといった付加価値をつけ、プラスの料金がかかる場合もあります。 希望通りの内容と料金でケアを行ってもらえるように、費用については事前に相談・確認をしておきましょう。病院のパンフレットに「死後処置料金(エンゼルケア)」と料金が記載されていることもあります。
まとめ
今回は、エンゼルケアの目的や流れ、料金相場などについて、他の処置との違いも交えながら詳しく解説してきました。 エンゼルケアは感染症を予防するため、故人様の尊厳を守るため、家族の心をケアするために必須の処置なので、概要を把握しておくことはとても大切です。 ケアの内容は施術者によって様々ですので、故人様や家族の希望を事前に伝えて心残りがないようにしましょう。