2025.04.02
【エンディング映画紹介】是枝裕和『ワンダフルライフ』が描く、死と人生の交差点。あらすじ・テーマについて解説。

■ あらすじ:一番大切な思い出を一つだけ
もし、死んだあとに「人生で最も大切な思い出を一つだけ選ばなければならない」としたら、あなたはどの瞬間を選ぶでしょうか? 是枝裕和監督の映画『ワンダフルライフ(After Life)』(1998年)は、そのような仮定のもとに展開される、静かで深い物語です。 舞台は、死後に訪れる中間の場所。そこに集められた亡き人々は、1週間という限られた時間のなかで、自らの人生を振り返り、「たった一つだけ持っていく記憶」を選びます。 その思い出は、施設のスタッフたちによって短編映画として再現され、故人たちはその映像とともに次の世界へと旅立っていくのです。 物語は、記憶を選べずに迷う人、自分の人生に意味を見出せない人、思い出を再発見する人など、さまざまな人生の断片を描いていきます。
■ 国際的な評価
本作は公開当初から、日本国内のみならず海外でも高い評価を受けました。特にアメリカの著名な映画評論家ロジャー・イーバート氏は、この作品に満点の★★★★(四つ星)を与え、「人間らしさの核心を突いた映画」として称賛しています。 “It is a movie that wants you to think, softly and gently, about what you really value in life.” 「この映画は、人生で本当に大切にしているものについて、静かに、そして優しく考えることを促してくれます」 ——Roger Ebert イーバート氏はこの映画の「静けさ」や「優しさ」、そして記憶を再現するという“儀式”のような構造を非常に高く評価しており、是枝監督をベルイマンや黒澤明と並ぶ人道主義的な映画監督のひとりとして紹介しています。 実際、本作では、一般人へのインタビューをもとにしたドキュメンタリー的手法が用いられており、フィクションでありながらも現実の重みを帯びた証言が積み重なっていきます。そのことで、観客は否応なく自身の記憶や人生と向き合うことになるのです。
■ テーマ:「選ぶ」という行為が問うもの
本作の核心的テーマは、「記憶の選択」です。 しかし、その本質は、「自分の人生のなかで何が最も価値ある瞬間だったのか?」という根源的な問いにあります。 登場人物たちが選ぶ思い出の多くは、劇的な出来事ではありません。 家族と一緒に過ごした平凡な夕方、恋人と並んで見た桜、祖父と歩いた道など、日常の中にある何気ない瞬間こそが、最も深く心に残っているのです。 これは是枝監督の他の作品にも通じる視点です。『そして父になる』や『海街diary』などでも、「特別ではない日常」の中にこそ、普遍的な価値や愛が潜んでいるという信念が貫かれています。
■ 死を受け入れるための「納得」というプロセス
『ワンダフルライフ』は、ただの“死後の記憶選び”ではありません。それは、どうすれば人は納得して死を受け入れられるのかというテーマを、極めて静かに、しかし力強く描いています。 記憶を選ぶという行為は、自分の人生を振り返り、その意味を再構成する作業でもあります。 「この瞬間が、自分の人生を象徴していたのだ」と自らの手で選び取ることによって、人は初めて「納得」し、旅立つことができるのです。 選ぶことができない登場人物もいます。人生に満足できなかった人、何も思い出したくない人。そうした人々が、スタッフや他者との対話、そして自分自身との対話を通じて少しずつ心を開き、過去のなかにあった「確かな幸福」を見出したとき、彼らは微笑みとともに前へ進んでいきます。 このプロセスは、死を悲劇的な終わりとしてではなく、生を再発見する時間として提示しているのです。
■ ケースワーカーという静かな伴走者
施設のスタッフたちは、亡くなった人々と1対1で面談し、その人の記憶を丁寧に掘り起こしていきます。そのプロセスは、まさにケースワークそのものです。 彼らは押しつけることなく、指導もしない。ただ、話を聞き、時に質問を投げかけ、曖昧な記憶の奥に潜んでいる感情をゆっくりと引き出していきます。 これが、私たちの世界における福祉や医療、心理支援の現場と重なって見えるのです。 利用者の話を傾聴し、 本人も気づいていなかった大切な思いを引き出し、 その人が自分の生を受け入れられるよう支える。 これはまさしく、終末期ケア、認知症ケア、精神保健、児童福祉など、さまざまな領域でのケースワーカーや支援者の姿に重なります。
■ 寄り添うことの難しさ、そして尊さ
映画のなかでも、職員たちは悩みます。利用者(死者)が思い出を選べないとき、過去を拒絶するとき、心を閉ざすとき。どうすればその人の「人生の本質」にたどり着けるのか、彼ら自身も迷い、揺れています。 特に、望月という職員は、自分自身の記憶を選べずにスタッフとして働いています。 彼の物語は、支援者自身もまた「答えのない人生」を生きているということ、支援する側も人間であるというリアルを描いています。 この点も含めて、『ワンダフルライフ』は、ケースワーカー的な立場にある人々への静かな賛歌でもあります。
■ 死生観・人生観:死を通して描かれる「生の肯定」
『ワンダフルライフ』は、死を描いていながら、その中心にあるのは「生の肯定」です。死は終わりではなく、自分の人生をもう一度見つめ直す機会として、静かに描かれます。 誰しもが、人生を振り返ったときに一つだけ選べる思い出など、なかなか即答できるものではありません。 それでも、記憶を掘り起こし、自分の生を見つめ直すプロセスを通じて、登場人物たちは少しずつ「自分が何を大切にしていたのか」に気づいていきます。 そして、そのプロセスは私たち観客にも同様に訪れます。生きるとは何か? 記憶とは? 幸せとは?──本作は、それらの問いに一方的な答えを与えるのではなく、私たち自身の中に問い直しを促してくれるのです。
■ 他者の記憶に「生きる」こと──見落とされがちなもうひとつの主題
本作を深く見つめると、もうひとつ重要なテーマが浮かび上がってきます。それは、「人は、自分の記憶の中だけでなく、誰かの記憶の中に生きる」ということです。 物語後半、施設で働くスタッフ・望月の過去が明かされます。 彼は生前、自分の人生に特別な記憶はなかったと語りますが、かつての婚約者が「一つだけ選ぶ思い出」として彼との日々を挙げていたことを知った瞬間、自分が誰かの人生に深く刻まれていたことを知ります。 これは非常に静かな、しかし深い感動を呼ぶ場面です。 自分では平凡で意味のないと思っていた日々が、他者にとってはかけがえのない記憶であった――その発見は、人生の意味をまったく別の視点から照らし出します。 これはつまり、「人は、自分の記憶だけでなく、他者の記憶のなかに生きる」という真実の提示です。 自分が誰かにとってどんな存在だったのか、どんな風に記憶されているのか──それは、本人の意識とは無関係に、人生の意味を構成しているのです。 『ワンダフルライフ』は、「自分の思い出を選ぶ」という行為を通して、逆に「自分は誰かにとってどんな思い出だったのか」という、他者視点の人生観を浮かび上がらせます。
■ 思い出は、生きた証
『ワンダフルライフ』は、死後の世界を描きながら、観る人に「今、どう生きているか」を問いかけてきます。 「自分が持っていきたい“たった一つの思い出”は何か?」 「自分は誰かにとって、思い出になれるような存在だっただろうか?」 これらの問いは、決して重くありません。むしろ、日常の何気ない瞬間がどれほど愛おしく、かけがえのないものなのかを思い出させてくれます。 死を扱いながらも、これほどまでに「生」に近づく映画は多くありません。『ワンダフルライフ』は、観る人の心にそっと寄り添い、静かに人生の奥深さを教えてくれる、まさに“記憶に残る映画”です。